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大阪地方裁判所 昭和33年(わ)3812号 判決

被告人 菅野俊武

昭一四・一・一八生 無職

主文

被告人を懲役三年六月に処する。

未決勾留日数中六十日を右本刑に算入する。

押収にかかるモンキースパナ一挺(昭和三十三年裁領第七百二十六号の一)はこれを没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

本件公訴事実中被告人が昭和三十三年十一月二十日大阪市住吉区粉浜東之町三丁目六十二番地附近において法定の除外事由がないのにあいくち類似のジヤツクナイフ一挺を携帯したとの点については無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は本籍地の商業高等学校を卒業後大阪市東住吉区駒川町所在の月賦販売業株式会社丸越に就職して同社住吉営業所勤務となり昭和三十三年十月十五日頃より同市東住吉区平野新町三丁目一番地同社平野営業所に転勤しその間上司に将来を嘱望されて真面目に働いていたが、仕事が激しい上に賃金が少なかつたので同会社がいやになり、他に転職しようかとも考えたが適当な相談相手がなく、また思を寄せ合つていた人妻とも不満な離別をしたこと等より次第に厭世観をいだき、遂に自暴自棄となつて自殺でもしようかと言う気になり

第一、右平野営業所では集金係をしていたので、この集金を横領した上自殺のための旅行に出ようと企て昭和三十三年十一月九日午前七時頃同営業所において同年十月中旬頃より八尾市松村健之祐等二十余名より集金して株式会社丸越のため業務上保管していた現金二万四千七百円を擅に持出しこれを着服横領し

第二、同時頃同所内において同じように旅費にあてる目的を以てレジスターより同社所有にかかる現金一万五千円を窃取し

第三、右犯行後死場所を求めて別府、熊本、雲仙方面をまわつたが死にきれず、再び熊本に舞戻つた頃には自殺する気持を失つていたものの一層自暴自棄に陥り所持金がなくなれば強盗か何か大きい事をしてやれという気になり、同月十九日朝帰阪し梅田で遊んだ後所携のモンキースパナ(昭和三十三年裁領第七百二十六号の一)でどこかの巡査派出所の警察官を殴つて失心させ拳銃を強奪しようと企て同月二十日午後八時半頃同市住吉区粉浜東之町三丁目六十二番地住吉警察署東粉浜巡査派出所に到り、折から単身休憩中の巡査松崎利治(当三十才)に対し口から出まかせに架空人の住所を尋ね、同巡査が懐中電燈で同所公廨東側壁の地図をのぞきこんでいるところを背後より新聞紙に包んだままの右スパナを振り下して同巡査の頭部を帽子の上から一回殴打しその反抗を抑圧して拳銃を奪おうとしたが予期に反して同巡査が一撃で失心しなかつたためあわててそのまま逃走し、その際右暴行により同巡査に対し約十日間の療養(内七日間の休養)を要する左頭頂部挫創の傷害を与え

たものである。

(法令の適用)

法律に照らすと被告人の判示所為中第一は刑法第二百五十三条に、第二は同法第二百三十五条に、第三は同法第二百四十条前段に各該当し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから強盗傷人については所定刑中有期懲役刑を選択した上同法第四十七条第十条により最も重い右強盗傷人の刑に同法第十四条の制限に従い併合罪の加重をなした刑期範囲内において処断すべきところ、被告人の前歴、年令、将来性等諸般の事情に鑑み犯罪の情状憫諒すべきものありと認め更に同法第六十六条第七十一条第六十八条第三号により酌量減軽をした刑期範囲内において被告人を懲役三年六月に処し同法第二十一条により未決勾留日数中六十日を右本刑に算入し、押収にかかるモンキースパナ一挺(前同号の一)は本件強盗傷人罪の犯罪供用物件で被告人以外の所有に属さないものであるから同法第十九条第一項第二号第二項によりこれを没収し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により全部被告人に負担させることとする。

(無罪理由)

被告人が昭和三十三年十一月二十日大阪市住吉区粉浜東之町三丁目六十二番地附近において法定の除外事由がないのにあいくち類似のジヤツクナイフ一挺を携帯したとの公訴事実について考えるに、抑々銃砲刀剣類等所持取締法第二十二条に規定する「あいくちに類似する刃物」とは同法第二条第二項に規定する「あいくち」にその作り及び性能において社会通念上類似し人体の損傷力においてもこれと大差のない威力を持つものを指すと解すべく、その所持一般が犯罪とされているところよりみていたずらに拡張解釈を許すべきでないところ、検察官は押収にかかる昭和三十三年裁領第七二六号の二のジヤツクナイフが右公訴事実にうたわれているあいくち類似のジヤツクナイフであると主張するものと解せられるが右ジヤツクナイフは長さ十二、五糎の骨張鉄製の鞘を有する片刃の二つ折ナイフで刃渡八、七糎刃巾最大二、三糎、最少一、七糎、厚み最高〇、二糎で刃先に進むに従い厚みは薄く、刃身を出すには両手指を要し、広げた場合は鞘は柄の用途をなすが刃の背面より少しの圧力が加われば刃身は鞘部の方へ折れ曲り、出した刃をそのままの状態で固定できる装置のないものであることが認められ、一般通念による「あいくち」の作り及び性能とは重要な部分において相違しており人体損傷力においても可成りの逕庭があることが明かであるから前記法条にいう「あいくちに類似する刃物」とは認め難い。よつて爾余の点を判断するまでもなく被告人の右ナイフ携帯の所為は罪とならないから刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判官 吉益清 今中道信 杉本昭一)

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